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バックヤードとしてのAI〜使う視点から、使う側を育てる視点へ

1、バックヤードとしてのAI①②のふりかえり

これまで「バックヤードとしてのAI」というテーマで、AIについて書きました。

 

私がAIをバックヤードとして使っていることについて①

https://note.com/_beth_naru/n/n7ac7fc9c2c3d

 

「AIは人の代わりになるものではなく、人が本当に向き合いたいことに時間を使うための道具になる」ことについて②

https://note.com/_beth_naru/n/n26e10f1013c6

 

現時点でのAIは主役ではなく、人間が判断し、責任を持ちます。間違えると、AIを使っているつもりでも、実際にはAIに左右されてしまいます。

 

 

 

2、AIを使うには、問いと仮説の言語化が必要

周知の通り、現時点でのAIを主に置いて出力された文章やアイディアは、通り一遍になりやすく、AIは本当の意味で文脈を引き受けて、推敲することは難しいようです。

 

現在のところAIには、誤字脱字を確認してもらうことができますが、文脈に則った独自の構成や推敲は自分にしかできません。何を考えて、どこに違和感を持ち、どの方向に進むのかという部分までAIに頼ってしまうと、出力はチグハグ且つ、自分で思考する機会を失っていきます。

 

AIを壁打ちとして使うことはできます。むしろ、壁打ちとして使えると、AIは力を発揮していきます。しかし、壁打ちをするには、こちら側に問いと仮説を明確にして、言語化が必要になります。

 

問いも仮説もないまま、表現力のないままにAIを使うと、AIが出力したものがそのまま考えの中心になります。ここを間違えると、「AIを使う」という視点そのものがなくなってしまいます。つまり「AIに使われていく」のかもしれません。

 

 

 

3、使う視点から、使う人を育てる視点へ

「AIを使う」が馴染んできた昨今、本当の意味で「AIが使える」ということが、当たり前となってきています。むしろ、AIを使う人の側をどう育てるのか、という視点が重要になっていると考えています。

 

便利な道具があると、人はつい答えを急ぎたくなります。わからないことをすぐに聞くこともできますし、文章も一瞬で整ったように見えます。アイディアもたくさん出てきているように見えます。一方で、自分の思考がなければ、AIが出したものを答えのように受け取ってしまうかもしれません。

 

本来は、自分は何を考えているのか、どこに違和感を持っているのか、どんな仮説をもっているのかなどを自分の中で持っておく必要があります。そこがないままAIを使うと、AIが出した言葉に引っ張られて、自分の考えがあとからついていく形になってしまいます。つまり、使われていくのです。

 

AIを使う人を育てるということは、単に便利なツールを使える人を増やすことではなく、自分の問いと仮説をもち、言葉の表現力をもって、自分の判断で選び直せる人を育てることだろうとおもうのです。

 

AIの性能が上がれば上がるほど、人間の側に必要な力はなくなるのではなく、むしろはっきり問われるようになるといえます。何を問い、何を選び、何に責任を持つのか。その判断を手放さないために、使う人の側を育てる視点が必要なのだと、つくづく考えさせられています。